インクラインダンベルプレスは、背もたれを起こしたベンチに寝て、左右のダンベルを胸の上部の横から押し上げる種目です。最初の関門は押す動作そのものではなく、膝に乗せたダンベルをスタートポジションまで運ぶところにあります。角度は30〜45度の範囲で語られることが多く、この範囲の前後で変わるのは大胸筋のどの部分が強く働くかと、三角筋前部がどれだけ関与するかです。「何度が正解」という決着は付いていないので、この記事では手順・角度で変わるもの・バーベル版との違い・片手あたりの重量の目安を順にまとめます。

主に効く部位
大胸筋(上部側)三角筋前部・上腕三頭筋も動員
器具
ダンベル2個+インクラインベンチ
難易度
開始位置への運び方が要点
目安重量(片手)
19〜27kg男性・初心者〜初級者の1RM(推定)

インクラインダンベルプレスのやり方

押す動作は肘を曲げ伸ばしするだけです。整えるところは、開始位置までダンベルを安全に運ぶことと、下ろす深さを毎回そろえることの2つに絞られます。

  1. ベンチの角度を決めて座る― 30〜45度の範囲が一般的です。多くのインクラインベンチは背もたれが段階式で角度の数値が書かれていないので、「上から2段目」のように段の位置を先に覚えておきます

  2. ダンベルを太ももの下側に乗せる― ExRx.netが載せている準備は「ダンベルを太ももの下側に乗せてインクラインベンチに座る」です。膝寄りではなく太ももの上に立てて置くと、次の動作で送り出しやすくなります

  3. 膝で肩の高さまで蹴り上げ、その勢いで後ろに倒れる― 片脚ずつ膝を持ち上げてダンベルを押し上げ、同時に背中を背もたれに預けます。腕の力だけで肩の位置まで持っていこうとすると、押す前に肩の前側だけを使うことになります

  4. 上腕が各ダンベルの下に来る位置で胸の横に構える― 手首がダンベルの真下に来るようにそろえます。ここが開始位置で、以降はこの高さを基準に深さを判断します

  5. 肘を体の横に置いたまま、腕が伸びるまで押し上げる― ExRx.netは軌道について「下では肘と胸の間で上腕の上、上では左右それぞれの肩の上へ内側に寄っていく緩やかな弧」と説明しています。上でダンベルどうしをぶつけない位置で止めます

  6. 胸の上部の横まで、同じ軌道で下ろす― 同ページの記述では「胸または肩に軽いストレッチを感じるまで」下ろします。下ろす深さは自分の中で毎回そろえます

  7. 終わったらダンベルを太ももに戻してから起き上がる― セット後は握力も落ちています。腕を伸ばしたまま起き上がろうとせず、膝の上まで戻してから体を起こします

主働筋は大胸筋の上部側です。ExRx.netの分類では、この種目のターゲットは大胸筋の鎖骨部で、協働筋として大胸筋の胸肋部・三角筋前部・上腕三頭筋・烏口腕筋が挙げられています。押す種目なので、胸だけでなく肩と腕の裏側も一緒に動く前提で見てください。

ベンチの角度で何が変わるか

角度を変えると、同じ「押す」動作でもどの筋肉がどれだけ働くかが変わります。ここは実験で確かめられていて、バーベルのベンチプレスで傾斜を振った研究が2本あります。

Rodríguez-Ridaoらが2020年に発表した研究では、訓練者30名がベンチの傾斜を0度・15度・30度・45度・60度に変え、60%1RMで筋電図を測っています。結果は、大胸筋上部の筋活動が最大になったのは30度、中部と下部は0度で高く、三角筋前部は60度で最も高い、というものでした。上腕三頭筋はどの傾斜でも同程度です。

Lauverらが2016年に発表した研究は、経験者14名が0度・30度・45度・マイナス15度の4条件を65%1RMで6回ずつ行ったものです。こちらでは、大胸筋上部の筋活動は挙上動作の全体で見ると条件による差がなく、動作の26〜50%の区間に限れば30度と45度が水平やマイナス15度より高い、と報告されています。大胸筋下部については、マイナス15度・30度・水平のほうが45度より高い値でした。

ベンチの傾斜と筋活動について報告されていること
ベンチの角度報告されていること出典
0度(水平)大胸筋の中部と下部の筋活動が最も高いRodríguez-Ridao 2020
30度大胸筋上部の筋活動が最大。挙上の26〜50%の区間でも水平より高いRodríguez-Ridao 2020 / Lauver 2016
45度挙上の26〜50%の区間で水平より高い。大胸筋下部の活動は4条件中で最も低いLauver 2016
60度三角筋前部の筋活動が最大Rodríguez-Ridao 2020

2本ともバーベルのベンチプレスでの計測で、ダンベルではない。測っているのは筋電図(筋活動)であって筋肥大ではない。ダンベルで傾斜を振った同種の比較は確認できなかった(2026-08-08 取得)

30〜45度という範囲がよく使われるのは、この2本の並びから説明が付きます。上部の活動が高く出るのは30度あたりで、45度でも挙上の一部の区間では水平より高い。一方でRodríguez-Ridaoらは結論として、45度を超える傾斜では三角筋前部の活動が有意に高くなり、大胸筋のパフォーマンスは下がるとしています。角度を上げるほど胸に効く、という単純な話ではありません。

解剖のほうから見ても対応が付きます。StatPearlsの大胸筋の記述では、鎖骨部の線維は上腕骨の屈曲を担い、胸肋部の線維は水平内転・垂直内転・伸展・内旋を担うとされています。上体を起こすほど押す方向は前上方に移り、屈曲の成分が増えていきます。ただしその先には肩関節そのものを主役にする動き(ショルダープレス)が控えていて、60度で三角筋前部が最大になるという計測結果はその途中経過にあたります。

だから、この記事で「何度が正解」と決めることはしません。実用上効いてくるのは、毎回同じ角度にそろえることのほうです。角度が変われば挙がる重量も下ろせる深さも変わるので、段が違う日の記録を並べても、伸びたのか条件が変わったのかを切り分けられません。角度の数値が書かれていないベンチが多いので、記録には段の位置を残しておくのが確実です。

バーベルのインクラインベンチプレスとの違い

同じ角度・同じ押す動作でも、器具が変わると3つの点が変わります。

1つ目は扱える重量です。 水平のチェストプレスで直接比較した研究があります。Saeterbakkenらが2011年に発表した研究では、経験者12名がスミスマシン・バーベル・ダンベルの3種で1RMを測り、ダンベルの1RMはバーベルより17%低く、スミスマシンより14%低いという結果でした。安定させる仕事が増えるぶん、挙がる重量は落ちます。インクラインでの比較ではありませんが、方向としてはこの差が出る前提で入るほうが現実的です。

2つ目は左右が独立していることです。 同じ研究では、大胸筋と三角筋前部の筋活動に3種の間で差はなく、上腕二頭筋の活動は安定性の要求が高いほど増え(スミスマシン<バーベル<ダンベル)、上腕三頭筋の活動はダンベルでバーベルより低くなっていました。左右をそれぞれ支える仕事が増える一方で、押す主役の筋肉の働き自体は変わらない、という数字です。左右差がある場合は、それが回数の差としてそのまま出ます。

3つ目は下ろせる範囲とセーフティです。 バーベルは胸に当たったところで下がりきりますが、ダンベルは体の横を通るので、どこまで下ろすかは自分の可動域と判断で決まります。深さの基準が自分持ちになるぶん、そろえる意識がないと記録が比較できなくなります。安全面では、バーベルのインクラインベンチプレスがセーフティバーの高さを先に合わせておく種目であるのに対し、ダンベルは左右に離せる代わりに、開始位置への運びと戻しが毎セット必要になります。

重量の目安をバーベル側から確認したい場合は、インクラインベンチプレスの平均重量にレベル別・体重別の数字をまとめています。あちらはバー20kgを含む合計重量なので、ダンベル側の1個あたりの数字とは数え方が違う点だけ注意してください。

重量の目安|ダンベル1個あたりで数える

トレーニング記録サービスのStrength Levelの集計では、インクラインダンベルプレスの平均は男性38kg・女性20kgです。

インクラインダンベルプレスの平均重量の目安(kg・片手あたりの1RM
レベル男性女性
初心者(Beginner)198
初級者(Novice)2713
中級者(Intermediate)3820
上級者(Advanced)5028
エリート(Elite)6438

出典: Incline Dumbbell Bench Press Standards (kg)Strength Level2026-08-08 確認)

海外のトレーニング記録サービスに投稿された自己申告データです。数値はダンベル1個あたりで、シャフト分(通常2kg)を含む1回だけ挙げられる重量(1RM)の推定値です。ベンチの角度は揃っていないため、角度による差は反映されていません。集計期間は2017年12月10日〜2026年3月5日

レベルの区切りは投稿された記録の中での順位で決まっていて、初心者は下位5%より強い水準、初級者は20%、中級者は50%、上級者は80%、エリートは95%より強い水準を指します。中級者がちょうど真ん中なので、平均として引用されるのはこの値です。集計のもとになっているのは2,367,587件の投稿から絞り込まれた有効記録647,300件(男性611,670件・女性35,630件)です。

数え方は必ず確認してください。同ページは「Dumbbell weights are for one dumbbell and include the weight of the bar, normally 2 kg / 4.4 lb」と注記していて、表の数字はダンベル1個あたり、シャフト分も込みです。男性38kgというのは、38kgのダンベルを両手に1つずつ持つという意味になります。同じ数え方はダンベルフライの平均重量でも同様で、Strength Levelのダンベル種目は共通してこの形です。

もうひとつ、この数字は1回だけ挙げられる最大重量(1RM)です。よく使われるEpley式とBrzycki式は10回のときにちょうど一致して 1RM = 重量 × 4/3 になるので、逆に解けば10回できる重量はおよそ1RMの75%になる計算です。男性の平均38kgなら28〜29kg、女性の平均20kgなら15kgが換算の目安になります。実際のセットの組み方も集計されていて、最も多いのは男女とも3セット×10回(男性18%・女性20%)でした。

1RM計算機(%1RM換算表つき)重量と回数から1RMを推定できます。逆に1RMから回数ごとの重量も引けるので、表の数字を自分のセットに翻訳できます(登録不要)

フラットのダンベルプレスとの差は、この集計では出ていない

出発点を決めるとき、いちばん近い手がかりは同じ日にやっているフラットのダンベルプレスです。同じサイトの2種目を並べると、意外な形になります。

比較の切り口インクラインフラット
平均(男性)38kg38kg
平均(女性)20kg20kg
中級者・男性 体重60kg29kg30kg
中級者・男性 体重70kg34kg35kg
中級者・男性 体重80kg39kg40kg
中級者・女性 体重55kg17kg18kg

いずれも片手あたりの1RM(kg)で、2026-08-08にインクラインダンベルベンチプレスダンベルベンチプレスの各ページから取得した値です。平均は同じ数字で、体重別に見ても1kg差しかありません。

実際に決めるときは、フラットで10回できている重量から入って、開始位置まで運べるか・下ろす深さをそろえられるかで前後させてください。運べない重量は、挙がるかどうか以前に出発点になりません。

よくある詰まりどころ

開始位置まで運べない

腕だけで肩の高さまで持っていこうとしていることがほとんどです。膝で蹴り上げる動作と後ろに倒れる動作を同時に行うと、脚と体重で運べます。それでも上がらないなら、その重量は今の運び方に対して重すぎます。

肩の前側だけが張る

角度が起きすぎているか、肘が体の前に流れているかのどちらかが多くなります。前者は前掲のとおり、60度では三角筋前部の筋活動が最大になるという計測結果があります。後者は肘を体の横に置き直すと戻ります。どちらでも改善しない場合は、重量を落として軌道が保てる範囲に戻してください。

左右で挙がる回数が違う

ダンベルは左右が独立しているので差がそのまま出ます。回数は弱いほうに合わせて、両方を同じ数で記録すると比較できる形になります。左右で別々に回数を伸ばすと、次のセットの重量を決める基準がなくなります。

記録に残す項目と、胸のメニューの中での位置づけ

この種目で記録に残す項目は、重量・回数に加えてベンチの角度(段の位置)の3点セットです。重量は片手あたりで書くか両手の合計で書くかを最初に決めて、以降は変えないようにします。項目の決め方そのものは筋トレ記録のつけ方にまとめています。

厚生労働省のe-ヘルスネットは、筋トレの負荷について日常生活レベル以上の負荷を繰り返しかけ、慣れてきたら少しずつ負荷を高めていく(=漸進性過負荷の原則)ことが重要と説明しています。ダンベルは1段階が2kgや2.5kg刻みで、重量が数か月動かないこともあります。同じ28kgでも8回が11回になっていれば前進していますが、重量の欄だけを見ていると停滞に見えます。回数の伸びも含めて追う方法は筋トレの成果を見える化する方法で整理しています。

胸のメニューの中では、押す種目のバリエーションという位置づけになります。押す動作で扱いきれない可動域の端を埋めるのは腕を閉じるフライ系の役目で、ダンベルなら閉じ切ると負荷が抜ける代わりに重量が数字としてそのまま残り、ケーブルなら最後まで張力が残ります。この違いはケーブルクロスオーバーのやり方で整理しました。同じ日にプレスとフライを組むなら、押す側を先に置くほうが重量を出しやすくなります。

まとめ

  • 最初の関門は開始位置への運び方。膝で蹴り上げて後ろに倒れる順序で運び、終わりは太ももに戻してから起き上がる
  • 主働筋は大胸筋の鎖骨部(上部側)。協働筋として胸肋部・三角筋前部・上腕三頭筋・烏口腕筋が動員される
  • 角度は30〜45度の範囲がよく使われる。バーベルでの計測では上部の活動が最大なのは30度、三角筋前部が最大なのは60度で、45度を超えると三角筋前部が有意に高くなり大胸筋のパフォーマンスは下がるという報告がある
  • ただし角度の研究はどちらもバーベルで、筋活動の測定であって筋肥大の測定ではない。「何度が正解」は決められないので、毎回同じ角度にそろえて段を記録するほうが実用的
  • バーベルとの違いは、扱える重量(水平の比較でダンベルは17%低い)・左右が独立すること・下ろす深さが自分持ちになることの3点
  • 平均は男性38kg・女性20kgダンベル1個あたりで、1RMの数字。10回できる重量はおよそ75%で男性28〜29kg・女性15kg
  • この集計ではフラットのダンベルプレスと平均が同じだが、別々の集計どうしの比較なので「同じ重量で組める」とは読めない

まずは30〜45度のどこか1つに決めて、フラットで10回できている重量を開始位置まで運べるかを試してください。比べる相手は平均ではなく、同じ段で記録した前回の自分です。