退会理由としてトレーナーやジムの手元に集まる情報は、そのすべてが、本人がすでに辞めると決めたあとに申告されたものです。だから理由をどれだけ細かく分類しても、次に離れそうな1人を先に言い当てられるわけではありません。先に手元へ届くのは本人の気持ちではなく行動のほうで、記録が止まる・渡した予定が消化されない・次の予定が入っていない、という形で表れます。この記事では、よく挙がる退会理由を「辞める前に手がかりが届くかどうか」で切り分け、入会時の意欲からは退会を読み取れなかったという研究、先に届く行動のサイン、その拾い方の運用、そして辞めたあとに聞くことの使いどころまでを順に整理します。

退会理由は、辞めると決めたあとに届く

退会理由として事業者の手元に集まる情報には、いくつかの経路があります。退会時に取るアンケート、本人から届く解約の連絡、あるいはセッション中の会話で漏れる本音。経路は違っても、順序はどれも同じです。本人がまず辞めると決め、その決定のあとに理由が申告されます。「辞める」が先で「理由」が後という順序そのものは、どの経路をたどっても変わりません。だからこの情報が手元に届いた時点で、その人に対して打てる手はもう残っていません。次に活かせるとすれば、それは同じ人にではなく、これから担当する別の誰かに対してです。この順序を前提にすると、「退会理由を集めて分析すれば、次の退会を防げる」という発想そのものが成立しません。防ぐための材料としてではなく、運用を見直すための材料として使う、という位置づけになります。

よく挙がる理由を、先に見えるかどうかで分ける

退会理由としてよく挙がるものは、時間が取れない・費用の負担・効果を実感できない・転居や家庭の事情といった環境の変化・目標達成、といったところに集まります。ただしこの記事では、どの理由が何位でどのくらいの割合かという数字は書きません。調査ごとに対象も方法も母数も違い、順位はそのつど入れ替わるため、他所の割合を自分の現場に当てはめても意味を持たないからです。

意味を持たせるには、分類の軸を「理由の種類」から「事業者側に、辞める前の手がかりが届くかどうか」に置き換えます。同じ「効果を実感できない」という理由でも、記録の内容が停滞していたという手がかりが先に残る場合と、本人の受け止め方の変化としてしか残らない場合があります。この違いのほうが、打ち手を考えるうえでは種類そのものより重要です。

よく挙がる退会理由と、辞める前に事業者側へ届くもの
挙がる理由辞める前に届く手がかり届かないもの
時間が取れない記録の間隔が空く・渡した予定が消化されない仕事や家庭の事情そのもの
効果を実感できない記録の内容が停滞する・自主トレが止まる本人の受け止め方
費用の負担家計の判断(記録には出てこない)
転居・家庭の事情・体調転居・家庭の事情・体調そのもの
目標達成事前に共有された期限があれば読める本人が満足して終える判断

表の右側に並ぶものは、事業者側からは見えません。左から2列目に何も無い理由については、記録を見ているだけでは気づけないということです。この分かれ目を先に知っておくと、打ち手を考える対象を絞り込めます。届く手がかりのほうに絞ってみても、拾ったからといって理由の中身までわかるわけではありません。わかるのは「何か様子が変わった」というところまでで、その先の中身を埋めるのは、退会前の会話や退会時アンケートの役目になります。

入会時の意欲からは、辞めるかどうかを読めなかった

退会理由の多くは事後にしか届きません。それなら、入会した時点で先に読み取れないか、と考えたくなります。実際にそれを確かめた研究があります。

民間フィットネスクラブ17施設の新規入会者を対象にした前向きコホート研究では、最終的に2,065人を平均10.1か月追跡し、追跡期間中に511人(24.7%)が退会、退会率は1,000人月あたり24.6人でした。入会時に取った運動習慣の促進要因・阻害要因という心理的な項目は、全体の解析では退会と有意な関連が認められませんでした。退会した人の在籍期間は平均5.7か月・中央値5.6か月です。ここで数値を読むときに欠かせない限定が4つあります。第一に、これはフィットネスクラブ(会員制のジム)の新規入会者を対象にした研究で、単一の経営母体の17施設、2015年4月〜2016年3月の入会者が対象であり、料金体系も接点の頻度も違うパーソナルジムの数字ではありません。第二に、調査への同意率は54.1%で、原著自身が「参加者が調査に協力的な人に偏った可能性」を限界点として挙げています。第三に、全体で有意な関連が無かったことは、心理的要因が退会と無関係だという意味ではありません。性・年齢の層ごとに見ると一部の項目には関連があり、その向きは層によって逆になります。たとえば60歳以上では、運動を自己の向上と捉える得点が高い人ほど退会率が高いという結果でした。第四に、この数値はフィットネスクラブの退会率であって、パーソナルジムが目標にする継続率の目安ではありません。

辞める時期は、入会から半年前後に集まっていた

退会者の在籍期間は平均5.7か月・中央値5.6か月で、若年層ほど退会率が高く、10か月以内の退会が多かったと報告されています。ここから引き出せるのは時間軸だけです。見る運用を回す必要があるのは契約が始まってからの半年前後で、この期間は担当を持ち始めた直後の時期と重なりやすくなります。ただし「半年で辞める」と一般化はできません。これはフィットネスクラブの入会者についての報告で、パーソナルの契約期間とは形が違うからです。契約更新が数か月ごとに区切られているパーソナルの現場では、この半年という数字をそのまま当てはめるのではなく、自分の契約更新サイクルに合わせて見る時期を決めるほうが実態に近くなります。

この研究が示しているのは、「入会時の心理的要因では、全体として退会を予測できなかった」というところまでです。だから行動のほうを見る、というのはここから先の運用上の判断であって、研究が導いた結論ではありません。付け加えると、原著は限界点として「フィットネスクラブの利用頻度と退会の関連は本研究では検討しておらず、今後の研究が必要」と述べています。行動データの側がまだ研究として埋まっていない、という原著自身の記載です。次の章で扱う行動のサインは、この空いている場所を運用でどう埋めるか、という話になります。

先に手元へ届くのは、行動のほうの変化

本人が「辞めます」と言う前に事業者側へ届く情報は、行動の記録に限られます。届くサインは次の3つです。

  • 記録が途絶えている― 最後に記録が付いた日からの日数
  • 送った予定が消化されていない― 配ったのに実施されていない
  • そもそも次の予定が入っていない― 送るものが無い状態が続いている

サインを数字としてどう数えるか(分母・分子・期間の決め方)は、継続率の数え方の側で扱っています。本記事では数え方には踏み込みません。

拾えないサインもある

この節を外すと、「サインを見れば退会を防げる」という誇大な話になります。行動で拾えるのは一部だけだと決めてかかることが、拾い方を運用する前提になります。拾えているつもりで実際には見落としていたのか、そもそも記録に出ない理由だったのかは、あとから区別できるようにしておくと役に立ちます。区別の仕方は、この記事の最後で扱います。

来店の間隔は、記録アプリの外にある

セッションの予約が空いている、来店の間隔が伸びている、という手がかりは、トレーナー自身の予約台帳の側にあるデータです。クライアントが使っている記録アプリには入っていません。両方を見て判断するなら、見る場所が2つに分かれることを前提に運用を組む必要があります。片方に統合できる話として扱うと、実際には無い機能をあてにすることになります。見る場所を1つにまとめられないなら、どちらを主に見るかを先に決めておくと迷いが減ります。記録の途絶えを軸にするなら記録アプリ側を、来店そのものの間隔を軸にするなら予約台帳側を、まず開く場所として固定します。

拾い方を決める

サインは、閾値と見る頻度を決めて初めてサインになります。決めていなければ、一覧に並んでいても目に入りません。手順は4段階で、1回決めてしまえば、あとは同じ決め方で回すだけです。

  1. 何日で「途絶え」とするかを、その人の通う頻度から決める― 週2回の人と週1回の人で、同じ7日の意味が違う

  2. 見る曜日と頻度を決める― 週1回、同じ曜日にまとめて目を通す。毎日見る運用は続かない

  3. 出たときにやることを先に決めておく― 連絡する/次の予定を入れる/内容を見直す、の3つに限定する

  4. いつ気づいて何をしたかを残す― 残っていないと、あとで「サインは出ていたのか」を確かめられない

4つのうち、実務でいちばん判断が割れるのは1つ目と2つ目です。閾値も頻度も、正解が1つに決まっているわけではありません。3つ目と4つ目は、いったん決めてしまえば運用として固定でき、判断の余地はほとんど残りません。

閾値は人によって変わる

閾値を1つに固定すると、頻度の低い人ばかりが一覧に並ぶか、頻度の高い人の変化を見落とすかのどちらかが起きます。頻度の高い人ほど、短い日数で拾う必要があります。たとえば週2回通うクライアントにとっての7日途絶えは、すでに2回ぶん連続で空いている状態です。週1回のクライアントなら、7日はまだ1回分の間隔に収まります。同じ「7日」という数字が、通う頻度によってまったく違う重みを持ちます。

一覧に出しておく

liftlog Coachのクライアント一覧には、最終記録日・最新体重・今日の予定・直近30日の消化率が並びます。いずれも更新頻度の高い項目で、担当人数が増えるほど、1人ずつ手元のメモを開いて確認する運用では追いつかなくなります。

一覧の上段に出る要対応キューは、「今日以降の予定が1件も無い人」と「7日以上記録が途絶えている人」を先に出します。両方に当てはまる人は前者に1回だけ出します。その場で次の予定をつくれるほうを見せるためと、同じ人が2行に出ると件数が実人数とずれてしまうためです。並びは予定が無い人が先で、同種の中では途絶えの長い順です。まだ1件も記録が無い人は、連携した日からの日数で数えます。

週次マトリクスは、全クライアント×曜日の一枚です。今週まだ予定を1件も届けていない人も、予定が0件の行としてそのまま残ります。この行を見れば、今週まだ予定を届けていない人がそこで見つかります。週送りできる範囲は過去12週から先4週までです。要対応キューが記録の途絶えのようにすでに起きた変化を拾う仕組みだとすれば、週次マトリクスは送り忘れそのものを防ぐための仕組みです。毎週決まった曜日にこの一枚を開く運用にしておくと、要対応キューにはまだ出てこない「予定を送るのを忘れている」状態にも気づけます。

これで退会が減る、継続率が上がるとは言えません。言えるのは、気づくのが早くなるということだけです。

サインが出た人に何を渡すかは、カルテと次のセッションまでの設計の側の話になります。

辞めたあとに聞くことは、次の1人には間に合わない

退会時アンケートは、辞めた人の理由を知る手段としては正しいものです。ただし、その人を引き止める手段ではありません。集めるなら、次の運用を直す材料として使います。

使いどころは、辞めた人にサインが出ていたのに気づかなかったのか、そもそも出ていなかったのかを突き合わせることです。前者なら見る頻度を短くし、後者なら見る項目を足す、というように、次に変えるものが分かれます。見る頻度を短くするか見る項目を足すかは、どちらもすぐに決まる話ではありませんが、少なくとも「なんとなく強化する」という決め方は避けられます。

退会理由が「辞める前に届く手がかり」の側だったか「届かないもの」の側だったかを、自分のアンケート結果に当てはめ直してみると、次に何を変えるかが見えてきます。この当てはめ直しは1回で終わらせず、退会が出るたびに続けることで、自分の現場でのパターンが少しずつ見えてきます。

まとめ

  • 退会理由は、本人が辞めると決めたあとに届く情報。次の1人には間に合わない
  • 挙がる理由は、辞める前に手がかりが届くもの届かないものに分かれる。打ち手を考えるのは前者だけ
  • 入会時の意欲からは、全体として退会の有無を読み取れなかった(フィットネスクラブの研究。パーソナルジムの数字ではない)
  • 先に届くのは行動のほう。ただし閾値と見る頻度を決めて初めてサインになる
  • 行動で拾えるのは静かに離れていく側だけ。転居や費用の判断は記録に出ない

何かを新しく始める必要はありません。担当している人の中で、最後に記録が付いた日をいちばん古い順に並べてください。何日を境にするかは、そのあとで決まります。

辞める前に気づく仕組みは、顧客管理全体の一部です。何を記録し、次のセッションまでに何を渡し、実施をどこで確認するかという全体像はパーソナルトレーナーの顧客管理ガイドにまとめています。