新規を1人増やすのと、いま担当している1人の契約が3ヶ月長く続くのは、売上の上では同じことをしています。違うのは、そこにかかる手間と費用のほうです。パーソナルトレーナーの集客の手法を選ぶ前に、新規1人にかかっている費用と時間、そしていま担当している人が延びたときの売上を、自分の実績の数字で比べておくと、いまどちらに時間を使うべきかが判断できます。手法の一覧よりも先に、この比べ方を知っておく価値があります。

新規の1人と、続いている1人は、同じ売上をつくっている

パーソナルトレーナーの売上に効くのは、契約している人数だけではありません。ある月に契約した人が何ヶ月続くか、というもう1つの軸が同じだけ効きます。新規1人が半年契約して終わるのと、いま担当している1人の契約が半年延びるのとでは、その半年間にトレーナーへ入る売上は同じです。1人あたりの月の売上に、続いた月数をかけた値が、その人がもたらす売上の総量になります。新規で獲得した1人でも、いま担当している1人が延びた分でも、この掛け算の形は変わりません。契約している人数だけを数えているときは、この売上の半分しか見ていないことになります。

顧客が続くかどうかが収益に効くという論点は、マーケティングの分野で古くから扱われてきました。Reichheld と Sasser は Harvard Business Review 1990年9〜10月号で、既存顧客の維持率をわずか5%改善するだけで、利益がほぼ2倍近くまで伸びうるという分析を報告しています。対象は銀行や保険、自動車サービスなど複数業種の事業で、パーソナルトレーニングの数値ではありませんが、契約人数だけでなく「続いた期間」が収益を動かすという構造そのものは、業種を問わず成り立ちます。

同じ論点を扱った通説に「新規獲得のコストは既存維持の5倍かかる」という言い方があります。よく見かける数字ですが、出所をたどれる形で書いている記事はほとんどありません。Amy Galloが Harvard Business Review 2014年の記事で、この通説について「どの調査を信じるか、どの業界かによって、新規獲得は既存維持の5倍から25倍のコストがかかる」と、幅を示したうえで紹介しています。同じ記事は「維持率を5%改善すると利益は25%から95%増える」という報告も、幅を保ったまま紹介しています。倍率は業種と調査によって大きく動くということです。だから、この記事では業種平均の倍率は採用せず、次の章から自分の実績の数字で出していきます。

なお、売上を単価×人数×継続期間まで分解して経営の数字として扱う話は、この記事の範囲の外に置きます。ここで扱うのは、1人あたりの月の売上×続いた月数、というところまでです。この掛け算だけでも、新規獲得と既存維持を同じものさしで比べる土台にはなります。

いま、新規1人にいくらと何時間をかけているか

新規1人を獲得するのにかかっているものは、広告費だけではありません。投稿の撮影や原稿づくり、ポータルサイトの掲載更新、体験セッションの実施など、時間の比重のほうが大きいケースも珍しくありません。時間は請求書に残らないので、後回しにされがちです。まずは先月、実際に何にいくらと何時間を使ったかを、思いつく範囲で一通り書き出します。正確な時間管理をしていなくても構いません。撮影に何分、原稿づくりに何分といった大まかな感覚値で十分です。

先月、集客に使ったものの棚卸し
集客に使っているもの先月の費用先月の時間
Instagram・SNSの投稿と撮影
Web広告
ポータルサイトの掲載料
ホームページ・ブログ
Googleビジネスプロフィールの更新
紹介のお願いとお礼
体験セッションの実施(無料・割引分)

行は自分に当てはまるものだけ残してよい。金額の入っていない行(時間だけの行)ほど見落とされやすい

各手法のやり方や費用対効果は、それぞれのサービスの公式情報や専門の解説に当たってください。ここで使うのは、合計でいくらと何時間を使ったかという数字だけです。広告費のように請求書がある項目は埋めやすい一方、Googleビジネスプロフィールの更新や紹介のお礼のように費用が発生しない項目ほど、かけた時間の記入が抜けやすくなります。たとえば紹介のお願いは、直接の支払いが発生しなくても、お礼の品や食事代、声をかけるタイミングを見計らう時間がかかっています。SNS中心のトレーナーもいれば、紹介中心のトレーナーもいます。どの行が埋まるかは人によって違って構いません。大事なのは、埋まった行の合計を、次で新規1人あたりの数字に直すところです。

体験セッションを無料や割引で提供している場合は、本来のセッション料金と実際に受け取った金額の差額を、費用として数えてください。準備や実施にかかった時間も、通常のセッションと同じように時間の列に足します。

新規1人あたりに直す

書き出した合計を、その月に新規契約した人数で割ると、新規1人を獲得するのにかかった費用と時間になります。合計の金額・時間のままでは、この先で他の数字と比べるときの単位がそろわないため、1人あたりに直しておきます。

  • 合計費用 ÷ その月の新規契約数 = 新規1人あたりの費用
  • 合計時間 ÷ その月の新規契約数 = 新規1人あたりの時間

ここで出た「新規1人あたりの費用」と「新規1人あたりの時間」の2つが、次の章でそのまま使う数字です。メモに残しておいてください。

いま担当している人が3ヶ月長く続いたら、それは新規何人分か

ここからが、この記事の中心です。いま担当している人の契約が数ヶ月延びたとき、それが新規何人分に相当するかを出します。前の章で出した「新規1人あたりの費用・時間」と、直接比べられる形にするのが目的です。4つの手順で進みます。

  1. 1人あたりの月の売上を出す― 月謝、またはセッション単価×月あたりのセッション回数で出します

  2. いま続いている平均の月数をざっくり出す― 直近で契約が終わった数人ぶんの契約期間を平均する程度で構いません。数え方の精密な定義はここでは扱いません

  3. 何ヶ月延びたらを決める― 「3ヶ月延びたら」のように、仮の数字を1つ決めます。この数字自体に根拠は要りません

  4. 新規何人分かに直す― 延びた月数を、平均の月数で割ります。担当人数をかけると、全体の量になります

手順の1と2は先月・直近の実績から出せる数字、3は自分で決める仮の数字です。4でこの3つを組み合わせます。手順2の「いま続いている平均の月数」は、精密な統計である必要はありません。直近で契約が終わった3〜5人ほどの契約期間を目算で平均すれば、この計算には十分です。分母・分子・期間を決めて数字にする話は、継続率の数え方の側で扱っています。

既存1人が延びた分の売上は、1人あたりの月の売上×延びた月数です。それが新規何人分にあたるかは、延びた月数÷いま続いている平均の月数で出ます。担当している人数ぶんで考えるなら、担当人数×延びた月数÷平均の月数です。その人数を新規で獲得するときの費用・時間は、上で出した新規1人あたりの数字に、この人数をかけた値になります。実際に数字を当てはめると、次のような形になります。

計算の記入例(数値はすべて記入例で、業界の平均ではありません)
項目あなたの数字記入例
1人あたりの月の売上80,000円
いま続いている平均の月数6ヶ月
担当人数10人
何ヶ月延びたらを見るか3ヶ月
1人が延びた分は新規何人分か3 ÷ 6 = 新規0.5人分(2人で新規1人分)
担当人数ぶんでは新規何人分・いくらか10 × 3 ÷ 6 = 新規5人分/80,000円 × 3 × 10 = 240万円
新規1人あたり30,000円・6時間なら同じ売上を新規で作ると15万円と30時間

表の数値はこの記事のための記入例であり、業界の平均や liftlog Coach 利用者の実績ではありません。「あなたの数字」の列に、自分の実績を当てはめてください

上の例では、担当10人のうち平均6ヶ月続いている状態から、全員が3ヶ月ずつ長く続いたとすると、新規5人分、金額にして240万円に相当する計算になります。新規1人あたり3万円・6時間かかっているなら、同じ売上を新規だけで作るには15万円と30時間が必要という比較になります。

全員が延びる前提では考えない

上の表の「担当10人ぶん」という計算は、担当している全員が同じだけ延びる前提に見えるかもしれませんが、そう読む必要はありません。1人が3ヶ月延びる場合は新規0.5人分、つまり2人が3ヶ月延びれば新規1人分に相当する、という部分の単位でも成立する計算です。担当している10人全員が同じように延びるとは限らず、実際には数人だけが延びて残りは変わらない、という状況のほうが多いはずです。その場合でも、延びた人数分だけをこの式に当てはめれば、同じ考え方で新規換算できます。

この計算で分かることと、分からないこと

この計算で分かるのは、いま担当している人の契約が延びた場合に、それが新規何人分の回収にあたるかという条件だけです。実際に延びてもらえるかどうかは、この計算からは分かりません。回収の条件が分かることと、続けてもらえることは別の話です。分かる範囲をはっきりさせておくと、集客にどれだけ時間を使うかの判断が、根拠のある比較になります。

「続いている」かどうかを、いま何を見て判断しているか

上の計算が実務で役に立つかどうかは、続いているかどうかにどれだけ早く気づけるかで決まります。多くの場合、判断材料は次のセッションの予約が入っているかどうかと、セッション中の会話から受ける印象しかありません。どちらも、セッションの日にしか更新されません。次の予約が入っているかどうかだけを見ていると、気づくタイミングはどうしても遅れます。予約が途切れた時点で気づいても、そこから対応を始めるころには、すでに数週間の空白ができていることがあります。

担当している人数が増えるほど、この確認は難しくなります。一人ひとりの状況を、セッションの記憶だけで把握し続けるのには限界があります。セッション外の様子が見えないのは、トレーナーの能力の差ではなく、情報がそもそも手元に無いという構造の問題です。記録や配信のデータが残る仕組みが無ければ、次の予約が入るかどうかでしか判断できません。

セッションとセッションの間の日々にも、データとして残るものがあります。

  • クライアントが記録を続けているか(最後に記録した日)
  • 送った予定が実施されたか(配信した予定に対する完了の割合=消化率)
  • 今日以降の予定が1件も入っていない人がいるか

最後に記録した日は、セッションの外でどれだけ自主的に動けているかを映します。配信した予定に対する消化率は、渡した宿題がどれだけ実行されているかの数字です。今日以降の予定が1件もない状態は、次にトレーナー側から声をかけるきっかけそのものが無い状態を意味します。どれか1つだけで判断するのではなく、組み合わせて見ることで、セッションの日を待たずに変化に気づけます。この3つは、継続率より先に動くサインにあたります。続いているかどうかに早く気づけると、前の章で出した換算を、実際の担当者の状況に当てはめて考えやすくなります。

確認の頻度自体に決まりはありません。週に1回、担当者の様子にまとめて目を通す程度でも、次の予約が入るまで待つよりは早く気づけます。

これらは、liftlog Coach が担当クライアント一覧に出している項目です。一覧に並んでいるので、クライアントごとに記憶をたどらなくても、いま何が起きているかを確認できます。

新規集客には、SNS運用の代行や広告の運用代行など、外注できる道具が数多く揃っています。撮影も原稿づくりも、依頼すれば代わりにやってもらえます。一方で、いま契約している人を育てて続けてもらう側の道具は、まだ多くありません。トレーナー個人の力量と記憶に頼っている場面が、集客側より多く残っています。

新規を追う手を止める話ではない

新規を追う手を止める話ではありません。担当の枠が空いているなら、新規は必要です。立ち上げてまもない時期で、そもそも担当している人数が少ない場合も同じです。特定の曜日や時間帯だけが空いていて、そこを埋めたい場合も、新規の集客が正しい選択です。こうした局面では、新規に時間を使うこと自体に迷う必要はありません。たとえば、始めたばかりで担当が数名しかいない時期は、新規の比重を高くするのが自然です。逆に、担当がほぼ埋まっている時期に新規ばかりへ時間を使うと、いまの担当への対応が後回しになります。

この記事が言っているのは、順番の話です。新規に時間を使う前に、上で出したような換算をしておくと、「集客に月◯万円と◯時間を使う」という判断に、自分の数字による根拠がつきます。根拠なしに「とりあえず新規を増やそう」と時間を投じるのと、いま担当している人が延びた場合の値と比べたうえで判断するのとでは、同じ時間の使い方でも意味が変わります。どちらを選ぶにしても、比べる数字を先に持っているかどうかが違いです。

個人でパーソナルトレーナーとして活動している場合や、フリーランスとして活動している場合、集客に使える時間そのものが最初から限られています。集客も指導も自分1人で回すことになるため、どちらにどれだけ時間を割くかの判断が、そのまま毎月の売上に直結します。組織で運営している場合と違い、集客担当と指導担当を分けることができません。だからこそ、新規と、いま担当している人のどちらに時間を割くかを、先に数字で見ておく価値があります。

まとめ

  • 新規1人の獲得と、既存1人の契約延長は、売上の上では同じ働きをする
  • 「新規獲得は既存維持より高くつく」という通説は、業種や調査によって5倍から25倍まで幅がある(Gallo, Harvard Business Review 2014)。だから業種平均ではなく自分の実績の数字で出す
  • いま担当している人が数ヶ月延びた分は、新規何人分の回収にあたるかに換算できる。ただし実際に続けてもらえるかどうかまでは、この換算からは分からない
  • 続いているかどうかは、セッションの日を待たずに、記録の継続・予定の消化率・今後の予定の有無から気づける
  • 新規に時間を使うべき局面(担当枠が空いている・立ち上げ期など)はある。この記事が言っているのは順番の話であって、新規を追う手を止める話ではない

まずは、先月の集客にかけた費用と時間を棚卸しするところから始めてみてください。次に、いま担当している人が数ヶ月延びたら新規何人分にあたるかを出してみると、新規と、いま担当している人のどちらに時間を割くかを決める土台になります。

いま担当している人に使う側の時間を、何を記録し、何を渡し、どこで確認するかという運用に落とす手順は、パーソナルトレーナーの顧客管理ガイドにまとめています。